スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


福岡

20080405午前中の仕事が終わり、そのまま電車で福岡市まで出かけた。有田に帰省するときは、必ず都市高速の端から端まで乗るので、市内に足を下ろすことはなく、年毎に増す道路の混雑を考えると、市内に車で乗り入れようとは思わなかったので、ずっと足が遠のいていた。

学生の頃住んでた六本松付近は約20年ぶりに訪れたことになる。六本松キャンパスはまだ使われているのだろうか。いつの間にか地下鉄の駅ができていた。六本松大通り周辺はかなり昔の名残りを留めていたが、さすがに中央区の変貌には目を見張るものがある。ケヤキ通りのケヤキがかなり大きくなって、芽吹きの新緑でいい雰囲気になっていた。六本松からバスで天神に出るときは、国体道路を通る。当時ケヤキ通りなどという呼び名はなかったと思う。

住んでたのは城南区田島の下宿。2食の食事付きで4,5万くらいだったかなぁ。まだ建物は残っていたが、もう下宿はされてないようだった。私が出て間もなく奥さんが癌で亡くなったと聞いた。安いのでよく通った別府の食堂「若松」も健在だった。樋井川は相変わらず汚かった。

馬出のキャンパスの時代は吉塚の家賃3万のオンボロアパートに5年間住んでいた。まだ残っていた。吉塚駅が見違えるほどきれいになっていた。駅から東にのびる道路は「吉塚2000年道路」と呼ばれている。近所のタバコ屋のおじさん(当時はお互いお兄さん)もお元気だったが、まだ独身だった。古い吉塚商店街もそのままだった。

県庁の裏に広がる東公園は、改めて歩くととても贅沢な公園だと感じた。吉塚駅からの道はクスノキが大きくなり、ツツジが咲き始めていた。

アクロスはクラシックのコンサートが充実してていいなぁ。天神中央公園は桜が満開だった。

護国神社は以前と変わらず静かだった。それから大濠公園を歩いた。柳が芽吹いてきれいだった。周辺は高層マンションの建設ラッシュだった。西公園へ続く道は人がわんさかいた。桜はきれいだろうが、人が多くて疲れそうだったのでやめた。

脚が棒になるくらい歩いた。戻りたくても戻れない、人生の中の一瞬の時期。7年間福岡で過ごした学生時代の思い出が洪水のようにあふれ出し、思わず目頭が熱くなった。でもこれからももっと福岡には遊びに出かけていいような気がする。
TrackBack : 0
Comment : 0


Comment

Comment Form


秘密にする
 

TrackBack URL

TrackBack List

Profile

はじめ

Link

Illustration by ふわふわ。り ・・・ Designed by サリイ
Copyright © こもれびの庭から All Rights reserved  /  
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。